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渡辺文学 「健康戯れ詩」(3/22改訂版)

起きる時間は6時過ぎ まずはトイレで「声」を出す 唱える言葉は「あ・い・う・べ~」 
指を折り曲げ30回 ついで「パ・タ・カ・ラ」20回 そのあと1月、2月、3月と 
英語で月を唱えます ついで曜日も大声で 最後は毎日「余禄」です 声を張り上げ朗読だ
次はマットに寝転んで 腕を大きく廻します この回数は30回 
続いて足の上げ下げを 200回ほどやってから 股を開いて倒します まずは右ひざ床につけ 反対側の左にも これを合計30回 それから足首両手で握り 
お尻もち上げ足裏で100回拍手(足)をやってから 腕立て伏せを20回 
次いで腹筋鍛えます ソファーに足を引っかけて 寝たり起きたり60回 
続いてダンベル4キロを 両手に持って持ち上げる その回数は30回 
次には肘を曲げたまま やっぱり交互に30回 続いて行うスクワット 30回ほど膝曲げる 
それからダンベル持ち上げて 胸の真ん前ぶつけます この回数も30回 
最後は腕を伸ばしたままで 左右に持ち上げ20回 
そのあと散歩に出かけます 地方でイベントあった日と 南会津に行った日と
雨の日除いて歩いてる 右手に小さなトング持ち 左手吸い殻タバコの袋 そしても一つレジ袋 
ペットボトルや空き缶は 別の袋が役に立つ 京王線の芦花公園 駅の周りを30分 
ゴミと吸い殻拾います
世田谷区議会条例作り 道路・公園喫煙禁止 ところが沢山落ちてます 40本から50本
多い日80超えている 毎日毎日拾っても なかなか本数減りません 
拾ったタバコは写真に撮って 毎日ツイートしています 
ゴミもたくさん落ちてます 空き缶・空き瓶・紙くずに ペットボトルやレシートや 
銀紙・セロファン・マスクまで ゴミの写真も撮ってます
散歩の次はバット振る まずは2本のマスコット ぐるぐる頭上で回します 右で10回廻した後は 左でやはり10回を 次はバットを1本で ゴルフスイングまず10回 
次は左で10回振って ダウンスイング切り替える これも左右で10回づつを 
バットスイング終わります
あとは太陽浴びながら ラジオ体操やってます ラジオ体操終わった後は ぴょんぴょん縄飛び110回 そのあとすぐにジョギングとウオーキングに出かけます ジョギング100歩やったあと ウオーキングも100歩です これを3回くり返す 走ったあとは深呼吸
鼻から息を吸い込んで五つ数えて息止めて 吐き出す息は10回に分けて口から出してます
これを10回くり返す
そのあと朝の食事です まずはほうじ茶一杯とバナナを1本、梅干し一個 
それから妻のジュースです 人参・リンゴに小松菜と、柑橘類も入ってる 
ブルーベリーにヨーグルト 最後に牛乳加えたら ジューサー廻して出来上がる 
コップ一杯飲んでます 
昼はだいたい蕎麦食べる 夜はご飯とみそ汁と 肉と魚を交代に 野菜も欠かさず採ってます
腹八分目を目標に 体重8キロ減りました 好きな銭湯は週2回 3回入る週もある 
腰痛に効く電気風呂 ジャグジー必ず入ります 出る前水風呂5回ほど 入っては出て繰り返す 
これで湯冷めがありません 自宅の風呂を出る時は 冷水シャワー浴びてます
風邪ひいたことありません
寝る前読書は15分 ぐっすり眠って6時間 毎日元気に目が覚める
煙害追放待ったなし タバコの害のない社会 目指して今日も頑張ろう
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「新型モク拾い」1000日に!


 2019年1月20日から“Think Globally, Act Locally!”(地球規模で考え、足元から行動を!)と、“Never Give Up!”(諦めないぞ!)を念頭に、世田谷区の京王線・芦花公園駅周辺の「タバコの吸い殻拾い」を始めてから満3年を超え、作日1000日目を迎えました。拾った総本数は59,125本でした。3年間の1日平均本数は59本となっており、期せずして昨日1000日目の本数も59本でした。急行の止まらない小さな駅の周辺で、朝の散歩の際の30分間にこれだけの本数が落ちているということは、全国的には一体何百万本・何千万本が捨てられているのでしょうか。家庭・自治体・街頭・公園等で捨てられた吸い殻は、毎日、全国の清掃工場で燃やされており、汚染物質が大気中に放出されています。また排水溝に捨てられた吸い殻は、河川・湖沼を汚し、最終的には海を汚染しています。タバコ会社は、自社の製品が使用された後、全国各地で“ポイ捨て“されていることに対し、「罪の意識」が無いのでしょうか?また、コンビニ各社は、販売している商品が、これまたポイ捨てされていることについて、どう思っているのでしょうか?また、タバコだけではなく空き缶、空き瓶、紙くず、レシート、マスクなどの「ゴミ」のポイ捨てもひどいものです。
コンビニ各社、ビールメーカー、飲料メーカーなども、タバコ会社、コンビニ各社と話し合って、「ポイ捨て禁止キャンペーン」に取り組むべきではないでしょうか。なお、タバコ会社は「吸い殻買い取り制度」(一種のデポジット制度)を設けて、1本1円でいいから引き取ることを考えるべきです。街の美観を損ない、河川・海を汚染している“タバコポイ捨て問題”の9割以上は解決するはずです。
2022年3月20日
                        
※「新型モク拾い」=第二次大戦後、タバコの無い時代に、ポイ捨てされたタバコの吸い殻を再生して闇市で売るための拾い集めを「モク拾い」と呼んでいました。これに対し私たちの活動は、「タバコを無くすことを目的としている」として、「タバコ問題を考える会・千葉」の中久木一乘氏が「新型モク拾い」と名付けて提唱しています。(渡辺文学)

映画『ダーク・ウオーターズ』を観て

 環境汚染問題をめぐって1人の弁護士が十数年にもわたり巨大企業との闘いを繰り広げた実話を、環境保護の活動家という一面も持つマーク・ラファロの主演・プロデュース、「キャロル」のトッド・ヘインズ監督のメガホンで映画化。
 1998年、オハイオ州の名門法律事務所で働く企業弁護士ロブ・ビロットが受けた思いがけない調査依頼。それはウェストバージニア州の農場が、大手化学メーカー・デュポン社の工場からの廃棄物によって土地が汚され、190頭もの牛が病死したというものだった。ロブの調査により、デュポン社が発ガン性のある有害物質の危険性を40年間も隠蔽し、その物質を大気中や土壌に垂れ流し続けた疑いが判明する。ロブは7万人の住民を原告団とする一大集団訴訟に踏み切るが、巨大企業を相手にする法廷闘争は、真実を追い求めるロブを窮地に陥れていく。ロブの妻役をアン・ハサウェイが演じた。

【文学コメント】
 公害・環境問題に関心を寄せる多くの人に観てほしい映画である。 デュポン社を、チッソや石原産業、東電に置き替えると、まさにその問題の根深さや、解決への困難さが身近な問題として迫ってくる。
 本来、企業弁護士だったロブ・ビロットが、祖母の知人で大農場の経営者だった人物の訴えを受け入れて、大企業デュポンを相手に裁判に踏み切り、ロブの弁護士事務所も、この裁判闘争を支援していくこととなる。しかし、その過程で、妻との葛藤や子供達との一家団欒を犠牲にして、この訴訟に取り組むロブの苦闘は、多少なりとも日本の公害・環境問題に関わった人であれば、十分理解できるはずだ。 このデュポンとの戦いは現在も続いており、ロブの闘いを遠く日本からも支援したいと思う。(渡辺文学)

タバコ問題首都圏協議会「望年会」で伊佐山芳郎弁護士と対談

タバコ問題首都圏協議会 2022望年会が12月18日(土)午後2時半から「Zoom会議」(オンライン)で行われました。
午後3時前から4時まで、約1時間、伊佐山氏と「嫌煙権運動」の発足当時からの思い出や、平山雄博士、中田喜直先生との交流など、以下の「対談メモ」に沿って話を進めました。この「Zoom会議」に参加された皆さんから、おかげさまで好評を頂きました。
 当日の伊佐山芳郎弁護士との対談メモを紹介させて頂きます。
・1978年2月18日:四谷駅近くの「写真文化会館」で、中田みどりさんの呼びかけで(昭和53年) 「嫌煙権確立をめざす人びとの           
            会」設立総会/伊佐山氏が、世界各国のタバコ規制について報告。
・   4月04日:伊佐山氏の呼びかけで「嫌煙権確立をめざす法律家の会」結成。
・ 4月09日:「全国禁煙・嫌煙運動連絡協議会」発足。代表・白石尚氏、事務局長・渡辺文学
           (禁煙8団体/嫌煙3団体が参加)
・   4月11日:衆議院公害・環境特別委員会で、草川昭三議員が「嫌煙権」を中心に質問。厚生省が国立病院・療養所を原則禁    
          煙にすると答弁。(5月から、実行された)
・   5月10日:「嫌煙権確立を支持する国会議員の会」超党派で発足。 代表・向山一人/事務局長・草川昭三)
    6月04日:環境週間前日に「全国一斉禁煙・嫌煙行動」実施。/東京集会は国労会館に250名集う。アピール採択の後、
          銀座・数寄屋橋通りで日本で初めての「嫌煙権デモ」実施。
・1979年8月15日:『嫌煙権だより』第1号創刊。平山雄博士が「これからが厳しい戦いだ!」として巻頭に寄稿。(PDF参照)
・1980年4月7日:国鉄・日本専売公社・国を相手どって「嫌煙権訴訟」提訴。弁護団長:伊佐山芳郎
・1983年1月1日:『嫌煙権だより』第9号に中田喜直氏が寄稿。(PDF)
・1983年3月12日:『嫌煙権だより』第10号に平山雄博士が寄稿。(PDF)
・1987年3月27日:「嫌煙権訴訟」判決。橘勝治裁判長が「嫌煙権」初めて認める。但し、原告の請求は棄却。(PDF)
・1993年7月1日:「たばこホロコースト市民法廷」の模擬裁判が港区の芝青年会館で実施。被告たばこ事業会社と大蔵大臣に有
            罪判決。(PDF)
・1995年10月26日:平山雄博士逝去。(PDF)
・1997年11月18日:「たばこ病110番」が、四谷弁護士ビルの三枝法律事務所で開設。 「たばこ病訴訟」を念頭に、わが国で初の 
             原告を原告を募る試み。(PDF)
・1998年5月15日:東京地裁に「たばこ病訴訟」提訴。原告団長・荒木照夫/弁護団長・伊佐山芳郎氏。(PDF)
・2000年5月3日:中田喜直先生逝く。(伊佐山氏の追悼文PDF)
・2003年10月20日:「たばこ病訴訟」東京地裁・浅香紀久雄裁判長が原告の訴えを全面的に棄却。「ニコチンの害はアルコールよ  
            り弱い」と不当判決。(「禁煙ジャーナル」と毎日新聞PDF参照)


今日は何の日=「嫌煙権運動」誕生の日

「今日は何の日」=「嫌煙権運動誕生の日」です

 1978年2月18日、東京・四谷の写真文化会館会議室で、中田みどりさんの呼びかけで
「嫌煙権確立をめざす人びとの会」の発足集会が行われました。
 この日、発起人の中田みどりさんの挨拶の後、日本消費者連盟の安藤英雄事務局長、新宿駅長・熊澤健三氏、弁護士・伊佐山芳郎氏などが、それぞれの立場で発言、ノン・スモーカーサイドの運動として、「嫌煙権」のキーワードが大きな反響を呼び、狭い会議室は、全国各地から参加したタバコ公害に悩んでいる人たちと、テレビ各社のカメラ、多数の新聞記者で、冬というのに、熱気あふれる集会となりました。
 この日の司会・進行役を務めたのが私でした。ヘビー・スモーカーだった私は、前年の5月6日、運転免許証の1年停止となった日を機に、翌7日から、当時1日60本も吸っていたタバコと「断煙」し、以後今日まで44年間、ただの1本も吸っておりません。
 もしあの日、「運転免許の1年停止」という処分を受けていなかったら、そして1日60本ものタバコを吸い続けていたら、とうの昔に〝あの世〟に逝っていたはずです。
 世の中には「偶然」という出来事が沢山ありますが、実は、私がタバコをやめた同じ1977年5月に、札幌で、黒木俊郎弁護士の呼びかけで「非喫煙者を守る会」が結成されており、この団体が、我が国で初めて〝タバコを吸わない人たちの会”の誕生でした。さらにその年の秋、名古屋でウーマンリブの女性たちが声を上げて「タバコの害を追放する女たちの会」
(発足後すぐに「人びとの会」と改称)が、全く横の連絡も何もなしに運動を始めていたのです。従って、「嫌煙権確立をめざす人びとの会」は、非喫煙者サイドからの取り組みとしては3番目だったわけですが、やはり「嫌煙権」というネーミングの面白さから、メディアが大きく取り上げて、それこそ「燎原の火」のように、全国に広がっていきました。
 もし当時「流行語大賞」があれば、この「嫌煙権」が、1978年のナンバー1となっていたことは想像に難くありません。
 その年から43年、国会では「改正健康増進法」が、そして「東京都受動喫煙防止条例」がすでに施行され、タバコの煙に悩まされる頻度は激減してはいますが、まだまだ職場、飲食店、居酒屋などでの受動喫煙被害は全面解決には至っておらず、また、歩行喫煙や公園
の喫煙問題も現在、大きな社会問題として残されています。
※(国会内の「喫煙所」や、仙台の勾当台公園におけるJTの「喫煙所」確保の動きは、
  正に時代の流れに逆行する問題となっています)
また、最近ではタバコ各社の「新型タバコ」の拡販政策も目に余り、まだまだ禁煙・嫌煙権運動の手を緩めるわけには参りません。
反喫煙運動の関係者と報道機関の皆さまの、一層のご支援・ご協力を期待しております。
≪嫌煙権運動誕生の日に:渡辺文学≫
  
 
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