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映画「田園の守り人たち」を観て

映画「田園の守り人たち」を観て

事務所から徒歩7分の神保町交差点のすぐ近くに「岩波ホール」があります。
岩波ホールは、ヨーロッパの映画を中心に、素晴らしい映画を選んで上映している映画館ですが、一度も入ったことがありませんでした。
「一度ぜひ…」と思いながら過ごしていましたが、7月26日、「母なる大地で女たちは、愛の種を撒き、人生の実を刈り取っていく―」という看板のタイトルに目を惹かれ、初めて岩波ホールに足を運びました。
 映画は、第一次世界大戦下のフランスで、出征した男たちに代わり、必死に農場を守り続けた3人の女たちの物語です。映画の戦場場面は、未亡人の次男が戦場から一旦帰ってきた際の幻想シーンがたった1回あっただけですが、完全な反戦映画でしたね。
映画のチラシから少し。―「1915年第一次世界大戦下のフランス。ミレーの絵画を思わせる美しい田園風景。二人の息子を西部戦線に送り出した農園の未亡人オルタンスは、やはり夫を戦場にとられている娘ソランジュとともに、冬を前に種まきに備えなければならない。オルタンスは若い働き手フランシーヌを雇い入れる。誠実な彼女は女主人の信頼を得て、家族同然に暮らし始める。女たちだけではなく、前線から一時休暇で帰ってきた次男ジョルジュは、慎ましやかなフランシーヌに惹かれて……。」
2時間20分の映画でしたが、男たちに代わって一所懸命に農場を耕す女たちの働く場面と、次男とフランシーヌの「愛」の場面が印象的でした。
ところで、この夜の岩波ホールでこの映画を観ていた人は、なんと6名。220席の館内に、わずか6名とは……。入場率はなんと2.7%という観客で、これでは、電気代にもならないのではないか、と心配した次第です。

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改正健康増進法とメディアの論調

 7月1日、「改正健康増進法」が一部施行されました。7月1日と2日、新聞各紙の論調を比較してみます。
 まず、最も大きく取り上げたのは、毎日新聞でした。2面と社会面トップ、そして都内版では調布市の条例を報じています。
 しかし、その内容はかなり消極的なのが残念でした。2面では「大学全面禁煙6校のみ」-「大規模51校“隠れ喫煙”懸念」というもので、社会面では「進まぬ全面禁煙」という大きな見出しでした。
 朝日新聞は第二社会面で、これまた「喫煙者締め出され…周辺懸念」というタイトルでしたので、これも褒められたものではありませんでした。東京新聞は1面左肩の扱い。「学校・病院・役所 悪質違反者に罰則」ということでまあ、合格点でしょう。
 1日の夕刊では日本経済新聞が「学校や病院 禁煙に」―悪質違反者に罰則―という見出しでした。同じく1日の夕刊で東京新聞は「役所や学校 敷地内原則禁煙」としましたが、サブ・タイトルが「「健康にいい」/愛煙家“さらに肩身狭く”」として、これは問題でした。2日は読売新聞が、社会面トップで「屋内禁煙スタート」と大きな見出しでしたが、サブタイトルが「吸いたい 公園へゾロゾロ」ということで、「都庁のたばこ難民が近くの公園に流入し…」などとかなり禁煙の足を引っ張る記述。産経も「煙たがられる屋外喫煙所」というタイトルで、本文では「今さらやめられないし肩身が狭くなるばかりだと嘆く」などと、これまた禁煙推進に冷や水をかけるかのようなコメントでした。
タバコ問題を取り上げる際に、どうしてこのような“決まり文句”が使われてしまうのでしょうか。「愛煙家」という言葉は死語にすべきと思います。
多くの喫煙者が内心“やめられればやめたい”と思いながらニコチンの強い薬理作用によってやめられない実態があるにも関わらず、タバコを吸っている人を「愛煙家」と決めつけている記者やコメンテーターの意識変革が必要ですね。
私は以前から、喫煙者=哀しい煙の囚われ人ということで「哀煙家」を提唱しています。またタバコは「嗜好品」とされていますが、これは文字通り死に向かう商品ですから「死向品」というのがピタリではないでしょうか。

2日続けてサイゼリアに

 6月6日、京王線・下高井戸駅から5分の銭湯・日の出湯に入った後、1日から全面禁煙となった「サイゼリア」に行ってきました。
 店内は、若い世代の客で、だいたい60%くらいの入りでした。生ビール、サラダ、チョリソー、ピザ、プチフォッカなどで、お腹いっぱいに。これで、なんと1475円という安さ。「サイゼリア」を検索すると、都内で200店以上もありました。続けて7日(土)の夜は、カミさんと
同じく京王線の仙川駅から2分の「サイゼリア」に。土曜の夜7時過ぎとあって、店内は90%以上の席が埋まっていました。
 子供連れの家族や、高校生・大学生のグループが多く、タバコの煙と臭いの全くない環境で、安心して食事が出来ました。
 この夜は、生ビールと赤ワイン(私だけ)、サラダ、ムール貝、新じゃがの炒め、ピザ、パスタで満腹に。これで何と2196円とは!!
 毎月「無煙社会をめざす会」という一種の異業種交流会を開いており、終了後、午後9時から1時間ほど会食・懇談の機会を
設けていますが、今後、飯田橋にも「サイゼリア」がありますので、一度使ってみたいですね。

「ケムラン」伊藤ゆりさんへの手紙

 5月30日、文京区民センターで、伊藤ゆりさんが提唱する「ケムラン」の集いがありました。
 タバコの煙が苦手の伊藤ゆりさんが、「完全禁煙」の飲食店に行って、その情報を仲間と
共有し、「ケムラン」というサイトを立ち上げて活動を展開しています。これも立派な禁煙推進の
取り組みですね。この夜は、文京区長も参加して、大いに盛り上がりました。
 禁煙ジャーナルの愛読者、文京区民の宮﨑優子さんにこの日のイベントの取材をお願い
しましたので、ご期待ください。
 イベントの後、伊藤さんに「私の禁煙記念日は1977年5月6日で、42年前でした」とメールを
送ったところ、なんと、その1週間後に生まれたとのこと。これを読んで、またすぐに伊藤さんに
手紙を送りました。これも「ケムラン」のキャンペーンの一つですので、ご了承ください。

伊藤ゆり様
 42歳とは!! メール嬉しく拝見しました。 「ケムラン」➡ネーミングが素晴らしい!!
 日本の反タバコの運動も1978年の「嫌煙権」というネーミングから現在の「禁煙運動」に
つながっていったと思います。
 「言葉」は実に重要で、例えば「愛煙家」などは、専売公社時代に、「愛妻家」「愛犬家」という
プラスイメージの言葉に「煙」を当てはめ「愛煙家」を盛んにPRしたのがルーツです。
 また、「喫煙」について「嗜好品」という言葉・考え方が大手を振って通用していますが、
これも日本特有の現象で、タバコを趣味・嗜好の範疇に置いておきたいのがタバコ会社でしょう。
 私は、「愛煙家」は哀しい煙の囚われ人=「哀煙家」、そして「嗜好品」は「死向品」を提唱し、
かなりの方々から賛同を得ています。
 とにかく「ケムラン」社会をめざして、伊藤さんとケムラン特派員の活躍を心から期待しております。
 小生も「特派員」の末席に座らせて下さい。

 渡辺文学

モク拾い100日を振り返って

 1月20日から始めた「朝の散歩のモク拾い」が本日(5月15日)、100日目を迎えました。毎朝、7時~8時半の間の約30分ほど、京王線・芦花公園駅の周りを右手にトング、左手には吸い殻を入れる透明なビニールの袋(目立つように)、とレジ袋を持って、タバコの吸い殻とゴミを拾って歩きました。この間、大雨の日(二日間)と禁煙学会の理事会で大阪に行ったとき(一日)、鬼怒川温泉に行ったとき(一日)、そして郷里の南会津に行った時(8日間)の計18日間を除き、毎朝、実施しました。
 しかし、拾っても拾っても、毎朝必ず50本以上のタバコの吸い殻と、ゴミ(空き缶、ペットボトル、タバコの空き箱、紙くず、ガムの銀紙、コンビニのレシート、パンなどの紙の袋、割り箸など)が沢山落ちており、道路を汚しています。
 4月上旬から、芦花公園駅の壁面に手書きのポスターを貼ってポイ捨て防止を呼び掛けていますが、あまり効き目はないようです。ポスターの呼びかけ文は以下の通りです。
・「歩きタバコ ポイ捨ては やめましょう!」
・「タバコ&ゴミを無くしてきれいな街へ!」
・「ポイ捨てを無くしてきれいな街へ みんなの願いです」
・「脱原発・脱タバコ 世界の願いです」
・「駅のまわりをきれいにしましょう!」
・「ポイ捨て無くして きれいな街へ!」
・「タバコポイ捨て あなたの良心も捨てていませんか」
筆で描いた上記のポスターを、駅の壁面4か所と、通路に貼っていますが、不思議に誰も剥がしませんね。
ここまで「100日」を目指して拾って参りましたが、まだしばらく、今度は200日を目標に、拾っていきたいと思います。
なお、この状況については、時々世田谷区の環境政策課・石塚和人氏と、区議会議員の方数名に吸い殻の証拠写真を送って、世田谷区と京王電鉄でぜひ「ポイ捨て禁止キャンペーン」を実施して頂きたいと要請しています。
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